sonkm3's diary

そして、物語ははじまる。

アメリカとかゾンビとか

サンフランシスコの治安のよろしくない地域を歩いていて、ゾンビ映画の意味が分かった気がした。

ゾンビ映画っていつの時代も社会階層をそのまま投影している。
ある層から見たら恐怖の対象であり自身も陥る可能性を否定できないゾンビの存在を現実の中に見いだすことができるのだ。

映画の中でのゾンビは、愚鈍なやられ役だったものが、今は賢くなって素早くなって、より自我の見える存在になっている。
設定も突然沸いて出て来た存在ではなく、長い期間戦い続けた相手としてのゾンビに変わってきている。
虐げられたゾンビは自身の生を取り戻すのか、自分たちの側へ引きずり下ろそうとするのか、目的は分からないが、存在するだけでなく、社会の関係性を変化させる存在に変わっており、だから恐怖の対象として描き続けられているのだろう。

 


あ、そういう意味でこのジャンルはエクスプロイテーション映画なのかもしれないね。